20代の男性諸君!

久しぶりに地元の定食屋で一杯やった。 高校の帰り道によく寄った定食屋で、その時の夫婦が未だに営んでいる。(後継者としてご長男さんが厨房にいるが)

瓶ビールと枝豆のみを注文し、つけたままのテレビを眺める。客は僕1人だけだ。 テレビでは高島彩北朝鮮情勢について不安そうな顔で作られたばかりの原稿を分かったような顔をして読んでいた。

僕は間も無く誕生日を迎え29歳になる。 つまり来年の今頃は20代最後の数日を過ごしているのだ。

年末によく聞く言葉「今年はどんな年でしたか?」 それのパロディのように自分に問うた。 「20代がどんな年代でしたか?」

大学に入り、社会人になり、結婚をして、家族を築いた20代。 順風満帆に見えるかもしれない。現に上司を含めた僕より歳上の方はわかったように「今が一番幸せだぞ〜」なんて言う。

しかしながら、僕は「もっとやれた」が素直な気持ちである。 あの時こうしてれば、、なんてタラレバな思い出を噛み締めながらビールを流し込んだ。

20代諸君!というタイトルには何も説教じみたことを誰かに言うつもりなど毛頭に無くて、 「あと1年強で30代になる20代の桐崎美玲!」という意味合いでつけている。

30代になると上司という立場になる。(当然昇格試験等をパスしなければならないものの、プレイヤーからマネージャーになることを意識せよ。)

30代になると体力も落ちてくる。(酒はほどほどにしろ。)

30代になれば肌も筋肉も衰えてくる。(筋トレを継続せよ。)

等々、あらゆるメッセージが未来の自分から伝えられた。

テレビでは先ほどまでの北朝鮮のニュースは終わり安室奈美恵さんの引退について悲しそうな顔をする高島彩が映っていた。

まだまだやれる。

憧憬

今ある自分は何もかも望んでいたはずである。

しかしながら、「もっとこうありたい。」「あの時〇〇していれば」など隣の芝を眺めては「青いなぁ〜」と憧れるばかりである。

先ほどスターバックスコーヒーで美味しくもないコーヒーを飲みながら次回の金融系の資格試験の勉強をしていた。(金融系の資格はその業界でしか通用しない。) その時、隣にリクルートスーツを着たJDが座り、一生懸命ノートに何かを書いていた。 たぶん就活ノートだろう。

彼女が何を書いていたのかは分からないが、桐崎にも就活ノートを書いて、それを眺めては悦に浸っていることがあったよなと恥ずかしくもキラキラした時代を思い出した。 あの頃描いていた憧れの景色は今どこにあるのだろう? 希望していた業界に飛び込んだではないか、結婚もできたではないか、その後も何人かの女性とDOしたではないか、守るべき家族もできたではないか、筋トレをしてそれなりの健康を維持できているではないか。 それでも自分の人生に対してまだ満足はしていない。

僕が中学生の頃、GLAYさんが「THE FRUSTRATED」というアルバムを出した。 僕はバンドキッズだったからGLAYさんのインタビューを読み漁った。GIGS懐かしいなぁ。

そのアルバムに込めたメッセージは 「俺たちはまだ満足はしていない。もっといい音楽作るぞ!」みたいなものだったと記憶している。

僕も現状に満足せずさらなる高みを目指したい。

プライドは必要か

私が勤める金融機関はやたら試験がある。 所謂、金融業務検定やファイナンシャルプランナー等である。

昇格、昇給をするためにはこれらの試験を取得することが条件となっており、出世レースを勝ち抜くためにはどうしても必要な試験なのである。

桐崎はこういった「よく分からないけど必要な検定試験」に対しては「必要だからする」ぐらいのモチベーションで勉強をする。 決して「モノにしよう」とは思わない。 普段から皆様のおかげで読書習慣がついていることもあり、勉強についても苦ではない。そして、一応あらゆる試験をパスしてきた。

同僚たちは「桐崎はちゃっかし勉強して試験受かるよな。」と 定期テスト前の「やべえ勉強全くしてねー」と言う高校生みたいなことを言う。そして現に受かっていないのだ。

先日もとある検定試験があった。桐崎は既に合格済みであったのでゆるりと家族サービスをしつつ、何人かの女性とLINEして過ごす日曜だった。 翌日社内で先輩に「試験どうでした?」と尋ねる後輩がいた。 先輩の返答は「自己採点してないから分からない。隣の席の人がカリカリうるさくてさ。」と答えたのである。 そう、たぶんその試験に落ちているのだ。

僕は「プライド」が本当に必要なのかについて思いを巡らした。 プライドが邪魔をして過ごす日々ほど無駄なものはないかもしれない。 先日の「仕事の流儀」で山中伸弥先生は 「自分が何も分かっていないということを分かっているのがプロフェッショナル」と答えた。

つまり理想とする自分との距離感を把握してそれに向けて努力をする。 この努力をするためにはプライドは捨てなければならない。だって何者でもないのだから。 たくさんの成功体験や失敗体験をして築き上げる自分に対して誇りを持つのも大切だが、その誇りやプライドが錆びついていることにも気づかないで必死に地位を守る必要はない。

僕は何者でもない。プライドなどいらない。 明日からも「モテたい」を胸に生きていきたい。

面倒だからやろうぜ

歯医者に行ってきた。 きっかけは芳野さんのnoteから。

https://twitter.com/m_t_t_b/status/897843003393400837

1年前に親知らずを抜いてからずっと歯医者には行っていなかった。正直不安だった。

1年前に歯医者に行った時も最初から親知らずを抜くために予約したわけではなく、歯が突然痛くなったために予約をした。 そこでは、どうしてここまで放っておいたんですか!」と怒られる始末。 口内の突貫工事は終わり、最終的に親知らずも抜いたと言うわけである。 治療に関しては実に半年以上かかった。 妻にも「1年に1回ぐらいは行っておけばこんなに治療費もかからなかったのにね。」なんて嫌味を言われる始末。

それなのに僕はまた1年も歯医者に行かなかった。 それでも「モテたい」の威力はすごい。 「モテたい」なら歯が汚くてはダメだよな。と思考し、予約をした。 虫歯は無く、歯のクリーニングをしてもらい終了。金額は3千円弱だった。

「え、もう終わり?次は半年後でいいだと?」僕は去年の、、、いやさらに前の自分に言ってあげたい。

「お前は短期的な快楽を優先し歯医者にも行かず大学の友人と遊んでいるが、その内の1日だけでもいい。歯医者に行け。面倒だからこそ、やっておけ。」

面倒だからやろうぜ。 このマインドは今後も持ち合わせていきたい。

最後になるが歯科助手って本当にそそりますね。僕はマスクフェチなのだろうか。出来ればずっとマスクをしていていただきたい。

8月

8月にnoteを書いた。

その売上がこの9月に入金される。
これは皆様からいただいたお金だ。大切にしよう。

noteを書いて僕は行動することの大切さを知った。

https://twitter.com/nagoya_de_/status/903266887647166464

僕はまだフォロワー数が300人もいないが、それでも臆せずnoteやブログを書いていこうと思う。
当然にお金を得たいという思いもあるが自分の人生を振り返る上で大切にしていることであったり、皆様と共有したいことを書いていきたい。与えたい。

フォロワーが増えたら〇〇しようと思っている方へのメッセージがある。
既にnoteで売上を上げている人と議論できる場にしたい。
そんな思いでこのnoteを書きました。もしよかったら。。

https://note.mu/kirisaki_tv/n/nd699b25ae4c5

我が結婚

結婚して数年が経つ。

僕は社内で結婚相手に出会い、家族となった。

家族を築く一方で少しずつ女と男の関係では無くなっていた。それはとても寂しいことでありながらも、抗うことなくただ受け止めていた。

 

決して愛が無いわけではない。

決して情に変わったわけではない。

 

僕らはあまりにも周りと同じ結婚観に毒され、同じように着たくもない和装を着て、決めたくもないクサイポーズで写真を撮り、作りたくもないプロフィールムービーを作り、払いたくもない高い金額を式場に払い結婚をした。

 

僕は結婚式から妻との関係は冷めたと考える。いや、冷めてはない。ただ夢から覚めたのだ。

高額な結婚式を挙げた翌日から、夫婦は残酷にも2人での生活を始める。2人で生きていかねばならないのだ。

自分の資産を話したばかりに骨の髄まで結婚式費用に充てられ、もう少し貯金しててよ!と怒られた結果、お小遣い制という十字架を背負った桐崎美玲という男からの聖書をいま送ることとする。

 

桐崎美玲 新作note

「我が結婚」

 https://note.mu/kirisaki_tv/n/nc840d98809f3

 

どうぞよろしくお願いします。

 

非「モテキ」を書いて

noteに自分の体験を書いた。

 

https://note.mu/kirisaki_tv/n/ndd2a57467541

 

その実体験は僕にとって思い出したくもないことであり、時折思い出しては「青春」を感じることもある。

noteはおかげさまで何人かの方に購入していただいた。またフォロワーの方々がリツイート等で宣伝をしてくださった。

誠にありがとうございます。

 

そもそも何故僕は自分の体験を書いたのだろうか。

・思い出を残しておきたいから。

・noteで売上をあげてみたいから。

・自分の文章能力を高めたいから。

 

等々、挙げだしたらキリがない。その理由は間違っているかもしれないし、不健全かもしれない。それでもいい。とにかく書いたことが嬉しいのだ。

やって後悔することはない。そう認識できた。

 

これからも僕はnoteを書き続けよう。そのためにあらゆる経験や情報を入手し発信していこう。そう思えばお小遣い制も悪くない気がしてきた。お小遣い制という十字架を背負いながら共に戦っている人もいる。

 

やってやれないことはない。

 

これからもよろしくお願いします。